たむたむの「カバンを開けると日本が見える!」
カバンは所詮道具入れ・・・ だからそこには、目的があり意図がある。 そして、その作り手の意図が見えたとき、 カバンは単なる道具入れではなくなるのです・・・
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

5月のカバン【ボッテガ・ヴェネタ】



いやー、みんな!とうとうゴールデンウイークに突入したね。
みんなは、どこかに遊びに行く?
うらやましいな。僕はこのゴールデンウイークもいつもと変らず仕事だよ。

そうそう、「ゴールデンウイークにどこか行く。」と言ったら、
この5月4日に、とうとう鳩山首相が沖縄に行くらしいね。
結果は見えてるけど・・・

ま、この問題に関しては、日本人みんながもっと沖縄のことを勉強しなくちゃね。
歴史とか、文化とか。

例えば、みんなは沖縄が、
京都に次いで通産大臣による伝統的工芸品の指定品目の数が多いって、知ってた?
京都府が16品目で、沖縄県は13品目で新潟県と並んで全国第二位を占め、
他の都道府県を大きく引き離しているんだって!

そういえば、「琉球びんがた」や「琉球ガラス」「琉球漆器」や「首里織」「壺屋焼」・・・
一度は耳にした事あるよね。

沖縄の自然が生み出した工芸。
それは、材料はすべて沖縄本島や宮古、八重山原産のものを使用していて、
どれをとってみても「色彩が明るく、かつ、おおらかである」という沖縄独特の味わいをもっているんだ。
絶対に、残していきたいよね。

そうそう、鞄の世界でも伝統工芸を大事にし、
今や世界有数のラグジュアリーブランド(豪華なブランド)に躍進したブランドがあるんだよ。

それは、前にもイチローのカバンの時お話した【ボッテガ・ヴェネタ】。
あの時はイチローがWBCで持っていたカバンが、【ボッテガ・ヴェネタ】のもので、
お値段372万円なんだ・・・って話だったね。

そう、この【ボッテガ・ヴェネタ】。
高級品が売れない、売れないと言われる昨今でも売上を伸ばし続けているんだ。
その秘密を知りたい?じゃ、今月のカバンは【ボッテガ・ヴェネタ】で決まり!



【ボッテガ・ヴェネタ】は1966年、イタリア・ヴェネト州で、
モルテドという夫妻が創立した高級皮製品ブランド。

ヴェネト州は、パダナ平野の北東に位置する人口約440万人、
総面積18,377 平方キロメートルの州で、州都ヴェネツィアをはじめ7つの県からなっている。
ヴェネツィアを代表として、ヴェローナ、パドヴァなど芸術、歴史的遺産もあり、
観光においてもイタリアでは重要な州なんだ。

実は、このヴェネト州は14世紀はじめから約4世紀に渡って、
広大な領地と海運力を持つ「ヴェネツィア共和国」という、独立都市国家だったんだ。

だから農業から近代産業まで、まさに一国の機能が、
今も満たされている州の一つなんだよ。

近代に入ってからは、フランスやオーストリアの統治下にあり、
都市国家時代も含め、長い期間貴族社会が続いた。
この貴族社会の影響が大きく残っている地域はイタリアには数多くあるんだけど、
特にヴェネト州では、この貴族の末裔が地元の職人企業を支えてきた。
また、一方で職人たちも、
そのような階級の人々に敬意を持って接する習慣が未だに残っている。

このような習慣は保守的であるという見方もあるんだけど、
貴族社会の影響が未だ濃く残っていた時代から、
文化レベルの高い製品の供給に努めてきた地場産業の支えともなっているんだ。

だから、ここでは伝統工芸が生き残った。
その一つが、【ボッテガ・ヴェネタ】の革職人の技術、「イントレチャート」なんだ。

「イントレチャート」とはイタリア語で「手編み込み」を表す言葉。
簡単に言えばメッシュ加工だと思ってくれていいんだけど、
この「イントレチャート」は、ただのメッシュ加工とは全く似て非なるもの。

普通の、メッシュ加工は紐状や帯状のものを編みこんでいくんだけど、
この、「イントレチャート」は一枚の革を短冊状に切り、
それを重ね合わせて編みこんでいくもの。
単体になった紐や帯だと毛糸編みたいに立体にするのにそう難しくは無いんだけど、
平面の革を編みこんで立体にするのは至難の技なんだよ。
おまけに使用するのが、ラムスキンなどの柔らかい革なんで、
テンションのかけ方が非常に難しいんだ。
まさしく伝統工芸!

で、【ボッテガ・ヴェネタ】はこの技法を用いたバッグや財布を製造したんだけど、
まだ、この時点では、数あるイタリアのバッグブランドのひとつに過ぎなかったんだ。


【ボッテガ・ヴェネタ】が躍進するのは、2001年2月のグッチ・グループに加わることから始まった。
グッチの話は前にもしたよね。
グッチ一族は既に誰も残っていなくて、別の会社に経営権が移ったとこと。
それが、フランスを本拠地とする流通会社 PPR (元 Pinault-Printemps-Redoute) 。
その、PPRからクリエイティブ・ディレクターとして【ボッテガ・ヴェネタ】に送り込まれたのが、トーマス・マイヤー。

トーマス・マイヤーは1956年、ドイツのシュヴァルツヴァルトに接する、
プフォルツハイの建築家の一家に生まれた。

その後パリに移り、
同市のシャンブル・サンディカル・ド・ラ・クチュール・パリジェンヌ
( パリクチュール協会付属モード学校) の元で経験を積む。

マイヤーはフランスやイタリア、ドイツにある一流のファッション・ブランドや
最高級品を扱うブランドで、デザイナーとしてのキャリアを築き、
ギ・ラロッシュに勤めた後はソニア・リキエルで8年間、メンズウェアのデザインを担当したほか、
レビオンでは4 年間、クリエイティブ・ディレクターを務めた。
また、エルメスではレディースのプレタポルテのデザインを9年間担当し、
その間、革製品やアクセサリーのデザインも手がけた。

目標に集中して取り組み、主体的に行動し、
また仕事に対する情熱を持ったマイヤーは、
熟慮を重ねながら積極的に【ボッテガ・ヴェネタ】の拡大を進める。

けれどもブランド拡大という使命に取り掛かる前に彼は、
彼自身が「4 つの礎石」と呼んでいる、
「高品質の素材」、「卓越した職人技」、「現代的な機能性」、そし「て時代を超越するデザイン」
という4つの基本原則を打ち出したんだ。

マイヤーは、「ブランドロゴを前面に打ち出す」という現在の主流であるブランド戦略をとらず、
「カバンに刻むのは自分のイニシャルだけで十分」という、
シンプルで高品質を売りにしていた【ボッテガ・ヴェネタ】の従来からあったスローガンを再び掲げ、
かっての伝統に立ち返ったんだ。

しかも、マイヤーは、【ボッテガ・ヴェネタ】のその伝統を守るため、
ヴェネト州の伝統工芸を守るため、
激減する職人の後継者づくりにも着手する。
そう、ヴィチェンツァに職人学校“La Scuola della Pelleteria” を開校したんだよ。

一方、【ボッテガ・ヴェネタ】としては、
レディースとメンズのプレタポルテのフル・コレクションに加え、
アクセサリー、ファインジュエリー、ファニチャー、椅子類、テーブルセッティング類、
デスクトップ類、ラゲージ、磁器製品、アイウェア、ルームフレグランスと、
人々のライフスタイルまでを提案していくんだ。

そして、その【ボッテガ・ヴェネタ】の提案するライフスタイルをお客さんに味わってもらう為に、
ニューヨークとローマのセントレジス・ホテルでは他に例のない、
高級感に溢れたボッテガ・ヴェネタのスイートルームを用意しているんだよ。

凄いよね。
マイヤーははこうして高級品ビジネスのあり方さえも変えたんだ。

でもね、彼の根底にあるのはやはり伝統工芸へのレスペクト。

例えばマイヤーは昨年9月に日本に来日し、
東京大学、の大学院・工学系研究科で、
建築学を専門とする千葉 学氏のゼミとパートナーシップを結び、
学生を対象としたデザインコンペティションをおこなうというプロジェクトを立ち上げたんだ。

千葉氏ゼミの学生は日本人、イラン人、イタリア人、スペイン人……ととても国際色豊か。
そして、その中の18名の学生がコンペに参加した。

その、コンペのお題は、
「座っている人に対する何らかの機能性を持った家具を1点デザインすること」。
しかも「最高の品質や時代を超越するデザイン、職人の手による技巧を尽くした物作りという、
ボッテガ・ヴェネタの伝統を踏まえたものであること。」
 
ね、面白そうでしょ。

で、優秀作品3点が2010年4月、ミラノ・サローネ国際家具見本市にて、
【ボッテガ・ヴェネタ】の新本社でおこなわれるプレゼンテーションに展示されたんだ。
ミラノ・サローネ国際家具見本市ってのは世界一の家具の見本市。

で、これが、優秀作3点。
そして、【ボッテガ・ヴェネタ】は、今年のミラノ・サローネ国際家具見本市の話題を独占した。

何故、彼はこんな事をするのか・・・
その質問に対して彼はこう述べているんだ。

「私自身、自分が頑張ってきたということもあるけれど、たくさんのチャンスにも恵まれてきた。
これからは若いひとたちにもチャンスを与えていきたい。
次世代のクリエイターを支援してくということは、
私や私と同年代のデザイナーたちのミッションでもあるんだ」

そして、マイヤーは更にこう続ける。

「私自身、何度か来日して、
日本の素晴らしい伝統工芸を目の当たりにする機会が今までたくさんあった。
日本に限らずだけれども、伝統工芸を後世に伝えること、これも私のミッションだと思っている」




5月4日、鳩山首相が訪れる沖縄・・・

その沖縄はこの【ボッテガ・ヴェネタ】の発祥の地、
ヴェネト州ととってもよく似ている。

沖縄は、かって琉球王朝という自然豊かな独立国だった。
その自然が生み出した数々の伝統工芸。
それは、薩摩支配や第二次世界大戦などで何度も危機にさらされた。
そして、アメリカの占領。

それでも、沖縄の伝統工芸はそれを守ろうとする人々の手で必死に守られてきた。

みんなも今一度、沖縄の伝統工芸を見直してみないかい?












スポンサーサイト


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。