たむたむの「カバンを開けると日本が見える!」
カバンは所詮道具入れ・・・ だからそこには、目的があり意図がある。 そして、その作り手の意図が見えたとき、 カバンは単なる道具入れではなくなるのです・・・
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9月のカバン【銀座タニザワ】

皆、どう?
先月の記事から一月経ったけど、日本の未来をデザインしてみた?

皆がこのコラムを読む時はもう選挙結果が出てるだろうけど、
実はこの記事は、8月30日に書いてるの。
そう、選挙日当日の昼下がり。
だから僕はまだ選挙結果を知らないの。

だけど、いずれにしても今回の選挙ほど、
選挙で必要とされている3バンの威力が廃れた選挙はなかったろうね。

3バンとは、言わずと知れた、「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」の事。
組織が崩れ、これといった有名人も出馬せず、
世襲が批判され、選挙前には政治家と金の問題も取り上げられたからね。

まぁ、これが正常な選挙の形なんだろうけど、
それにしても、「選挙資金の札束が沢山入ったイメージ」で‘鞄’と言う言葉を選んだってのは、
「一体選挙にはいくら金がかかってたんだよ!」って感じだよね。



で、皆はこの‘鞄’という漢字がいつできたか知ってる?
実は日本で明治維新が起こった、1868年当時、
今では当たり前のように使っている、この‘鞄'という文字はまだ無かったんだよ。

カバン・・・
その語源は、中国語の「夾板(キャバン)」とも、オランダ語のkabasとも言われているんだけど、
このカバンに、革で包むと言う‘鞄’の字を当て込んだのが、
今月のカバン【銀座タニザワ】の創業者、谷澤禎三なんだ。

谷澤禎三は1874年(明治7年)日本で初めての鞄店を東京人形町にオープンさせた人。
その後、1877年(明治10年)禎三は、第一回国内勧業博覧会で、
自身が出品した飾り箱の看板に‘鞄’と言う文字を使用。
そして、【タニザワ】が、人形町より現在の銀座中央通りに店を移転した1890年、
禎三はその店の看板に、‘鞄’の文字を掲げる。

これが銀座を偶然通りかかった明治天皇の目にとまり、
侍従職を通し「何と読むか?」と聞いたと言うエピソードとなり、
‘鞄’と言う字の認知度がいっきに高まる。

そしてこの年、‘鞄’と言う文字は、
日本初の近代的国語辞典とされる「言海(げんかい)」にも採用され、
いっきに全国に普及していったんだよ。

禎三の作る鞄は全て独学。
でも、その作りと素材の素晴らしさから、伊藤博文を始め、
政界、財界の大物達が顧客だったんだ。
その鞄は本家の西洋鞄と比しても負けないぐらいの傑作だったんだよ。

その後、禎三の、"広くさかんに誠の品を売る"の鞄作りの心を受け継いだ【銀座タニザワ】は、
1974年(昭和49年)、創業百周年を迎え、
社名を「株式会社銀座タニザワ」とし、
老舗のメンズバッグ店として、現在も高い支持を得ているんだ。


でね、この谷澤禎三が鞄屋の道に入る、きっかけとなったのが、
彼が丁稚奉公中の白髪染め屋で出合った袋物に興味を持ったことからなんだ。
それは、台箱と呼ばれる、取っ手の付いた床屋の道具入れだった。

そう、‘鞄’と言う文字は無かったけど、
禎三が‘鞄’という文字を作る前からカバン自体は当然存在していたんだ。
いつも言うように、人が移動する限り、カバンは存在するからね。

それは、信玄袋であったり、柳行李であったり、台箱であったり・・・

特に、革の工人、革具師、馬具師、文庫(ふみぐら)職人らによる発想で、
1869年(明治2年)頃から、
1877年(明治10年)頃にかけて作られた’胴乱’(どうらん)と呼ばれたものが、
日本鞄の原型へと変化していったんだよ。

ん?

カバンの呼び名が‘胴乱’?

何か違和感あるよね。
これじゃ、入れたものがなんだか乱れ散る感じがするよね。

‘胴乱’胴は「筒」の事。
じゃ、乱は?

実は、「乱」と言う漢字には、「みだれる」と言う意味の他に、
まったく正反対の「おさめる」と言う意味もあるんだよ。
だから、‘胴乱’は「筒の中に納める」の意味なんだ。

日本語ってほんと面白いよね!

あっ、もうこんな時間だ。
家に帰って選挙結果を見なきゃ。
この結果しだいで、明日からの日本はそれこそ‘大動乱’になるかもしれないからね。

もちろん、この大動乱が、
「みだれる」じゃなくて、「おさめる」意味である事を切に願ってるよ!











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