たむたむの「カバンを開けると日本が見える!」
カバンは所詮道具入れ・・・ だからそこには、目的があり意図がある。 そして、その作り手の意図が見えたとき、 カバンは単なる道具入れではなくなるのです・・・
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

9月のカバン【ゼロハリバートンのアタッシュケース】
今、「人類の夢」ってなんだろう?

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ以来、
「世界平和」を夢に掲げる事も空虚な事は世界中の人が気付いちゃったよね。
対テロ対策と名前を変えて堂々と各国が軍隊を世界中にばら撒いてるもん。

そして、近年の一部の拝金主義者の為の石油や穀物の信じられないほどの高騰・・・
あまりにリアルなちっぽけなものに簡単に世界中が振り回され、
本当に人類が持つべき大きな夢なんて、どっかに吹っ飛んだ感じだよね。

「パンを腹いっぱい食べる事・・・」それが人類の夢・・・
なんて事にもなりかねない時代だよ。

でもね、その昔、確実に「人類の夢」と呼べるものは存在したんだ。

1969年、アメリカの有人宇宙飛行機アポロ11号によって、
人類は初めて月の土地を踏み、月への第一歩を刻んだ。
誰もが仰ぎ見る事が出来る月への第一歩。
当時小学生だった私も食い入るようにテレビを見入ったもんだ。

宇宙への旅立ち・・・そう、それこそ間違いなく「人類の夢」だったんだ。

で、この時、この「人類の夢」を共有したのが、
「月面採取標本格納器」として「月の石」を持ち帰った、
今月の鞄【ゼロハリのアタッシュケース】正式には【ゼロハリバートンのアタッシュケース】なんだ。

ゼロハリが持ち帰った「月の石」は、「人類の夢」の象徴として各地で公開され人々の関心をさらった。
日本でも、1970年の大阪万博で公開され、毎日長蛇の列ができた。
もちろん、大阪育ちの私は何度も見たよ。
この時はこの「人類の夢」を持ち帰ったのがゼロハリバートンだとは、
露いささかも知らなかったけどね。

でね、このゼロハリが凄いのはね、
この宇宙へ飛び立ったケースが、特別に作られたものではなく、
市販品をベースに作られたものだった・・・って事。

もちろん、宇宙の過酷さに絶え得る為に内装には手は加えられていたんだけど、
外側は、一般に市販されているものとほとんど変らなかったんだって。

生みの親のアール・P・ハリバートン・シニアは、
1930年代当時、世界を又にかけるエンジニアだったんだ。
でも、その頃あった鞄で砂漠地帯や苛酷な環境の国々に行けば、
大切なサンプルや書類にカビがはえたり埃だらけになる・・・
それが嫌で自分で理想の鞄を作ろうと考えたんだ。
この辺り、L.Lビーンと似てるよね。

で、きっとエンジニアだから航空関係の知人もたくさんいたんだろうね。
1938年、とうとうハリバートンは、アルミ合金を素材とし、航空機製造技術者の意見を聞き、
強度、密閉性、耐久性に優れた最高のケースを作り上げたんだ。
驚く事に、この時できたケースも、
素材も基本構造も現在の物と余り変りがないんだよ。

その後、このケースは口コミで広まり注文が殺到するようになり、
1952年には正式な事業化に踏み込み、現在のゼロハリバートンになったんだ。

そして、17年後の1969年、ハリバートンのケースは宇宙へ旅立ち、
「人類の夢」を運ぶ鞄となったんだ。
ハリバートンは自分の大切なものを守りたいだけでこの鞄を作ったんだよ。
でも、その大切なものを守り、いい仕事をすることがハリバートンの夢だったのかもしれないね。

アポロ11号が始めて「人類の夢」を月に刻んだ時、
船長のニール・アームストロング氏はこう言ったんだ。

「これは一人の人間には小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ。」ってね。

そう、「人類の夢」もたった一人の小さな夢が第一歩になるんだ。

夢があるから道が出来る。

君は、運ぶべき夢を持ってるかい?








スポンサーサイト


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。