たむたむの「カバンを開けると日本が見える!」
カバンは所詮道具入れ・・・ だからそこには、目的があり意図がある。 そして、その作り手の意図が見えたとき、 カバンは単なる道具入れではなくなるのです・・・
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7月のカバン【マジソンバッグ】
時は1963年、日本国中にアイビールック旋風が吹き荒れた。

アイビールックとは、アメリカ東部のハーバード大や、エール大といった8校でなる、
アイビーリーグの学生ファッション。

が、当時私はまだ三才。、
おしゃれの‘お’も知らないどころか、‘オムツ‘がやっと取れた頃。
だから、そのブームの凄さを直接には知らないし、感じてもいない。

そんな私でも、年頃の叔父が同居していたこともあって、
英語の『VAN』の三文字だけは、物心がつく頃には意識の中にあったもんだ。

『VAN』は、1951年に石津謙介氏が創設したアパレル会社。
1951年は、サンフランシスコで対日講和条約・日米安全保障条約が調印された年。
まだ、街には進駐軍が闊歩していた時代。

そんな彼らを通して、そこにはジャズやカントリー、ハワイアンといった音楽、
ポップコーン、コーラなどアメリカ文化があふれてたんだな。
まさに、日本国中がアメリカ文化に憧れ始めた時期なんだ。

そんな頃、
「今まで学生服しか着るものがなかった日本の若者に、
しっかりした伝統に裏打ちされた誇りを身にまとい、社会で活躍してほしい」
と願いを込めて石津謙介氏が、「日本版アイビー」を独自に作り上げたんだ。

そして、その『VAN』ブランドのアイビールックが、
若者の心をとらえ、日本の男性ファッションをがらりと変えたんだ。

この‘アメリカ文化に対する憧れ’の頂点と、
‘アイビールック’の成熟期が重なった1968年・・・
その年に登場したのが、7月のカバン【マジソンバッグ】なんだ。

この、【マジソンバッグ】、正式には【マジソンスクエアガーデンバッグ】は、
ナイロン製のボストンバッグに、なんと日本で初めて英文字を入れたバッグ。

今では、当たり前のように英文字が入ったバッグは溢れてるけど、
このバッグが出現するまでは、日本製のそんなバッグは存在しなかったんだよ。
信じられる?

そして、このバッグが当時の中、高生のセカンドバッグとして爆発的に売れたんだ。
なんと、発売以来七年間で約2000万個・・・
信じられる?

かく言う中学生だった私も『VAN』の商品には手が出なかったものの、
このバッグは小遣いをはたいて買ったもんだ。
手にしたときは本当に嬉しかった!

【マジソンバッグ】はこんなふうに、
カバンが一つのファッションとして流行した最初のバッグなんだ。
『VAN』に対する思いから溢れ出た‘憧れ’の対象としてね。

その憧れは、アメリカに対する憧れであり、
大人に対する憧れでもあったんだ。

同じ流行でも、
昨年の今頃、あるヨーロッパのブランドのエコバッグが大流行したのを覚えてる?
大勢の、女性がそれを買うのに並んで、
結局買えなかった人達が、店員に詰め寄って大騒動になったよね・・・

その後、そのエコバッグは、ネットで何倍もの値段で取引されたりして・・・
で、1年経った今ではそのエコバッグはオークションで叩き売りされるも、
誰にも見向きもされていない。
それは、そのブランドに対する本当の‘憧れ’じゃ、ないからなんだ。

本当の‘憧れ’とは、‘敬意’が同居しているものなんだ!






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